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東京地方裁判所 昭和63年(行ウ)8号 判決 1990年1月23日

東京都江戸川区西一之江一丁目一四番一五号

原告

大場虎吉

右訴訟代理人弁護士

飯田数美

竹中良治

右訴訟復代理人弁護士

鈴木秀一

東京都千代田区霞が関三丁目一番一号

被告

国税不服審判所長

杉山伸顕

東京都江戸川区平井一丁目一六番一一号

被告

江戸川税務署長

緑川清弘

被告両名指定代理人

伊藤正高

菊地敬明

被告国税不服審判所長指定代理人

渡部義信

中村有希郎

被告江戸川税務署長指定代理人

浪川武

朝比奈礼子

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告国税不服審判所長が昭和六二年一一月一三日付けでした、原告の昭和五九年分所得税につき被告江戸川税務署長によつてされた更正及び過少申告加算税賦課決定に対する原告の審査請求を棄却する旨の裁決を取り消す。

2  被告江戸川税務署長が昭和六一年六月三〇日付けでした、原告の昭和五九年分の所得税の更正のうち総所得金額七五万一〇四六円、分離課税の長期譲渡所得金額一億〇三七五万四一七五円、納付すべき税額一八四四万三〇〇〇円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定を取り消す。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  課税処分等の経緯

原告の昭和五九年分所得税に関する課税処分等の経緯は別表記載のとおりであり、被告江戸川税務署長は同表記載のとおり昭和六一年六月三〇日付けで更正(以下「本件更正」という。)及び過少申告加算税賦課決定(以下本件賦課決定」という。)をし、被告国税不服審判所長は同表記載のとおり昭和六二年一一月一三日付けで原告の審査請求を棄却する旨の裁決(以下「本件裁決」という。)をした。

2  裁決の違法

本件更正及び本件賦課決定に対する審査請求の審理において、原告は本件更正のために原処分庁である被告江戸川税務署長が行つた江戸川区農業委員会に対する農家台帳(兼耕作状況申告書)(以下単に「農家台帳」という。)の調査手続の違法を主張したところ、被告江戸川税務署長は右調査は所得税法二三四条の質問検査権に基づくものであるとしてその正当性を主張する答弁書を提出した。そこで、原告はこれについて種々反論したところ、その後になつて、被告江戸川税務所長は、右調査は同法二三五条に基づくものである旨主張を変更する意見書を提出し、被告国税不服審判所長は、右の主張の変更を容認して本件裁決をした。

しかし、右に述べたとおり、答弁書の提出によつて、右調査は所得税法二三四条の質問検査権に基づくものということが明らかとされ、右調査手続の違法に関する争点はこれを前提として明確になつたのであるから、被告国税不服審判所長としては、国税通則法上、審査請求の審理の範囲について採用されているものと解すべき争点主義の建前から、被告江戸川税務署長のその後の意見書の提出による主張の変更を認めるべきではなかつた。したがつて、主張の変更を容認してされた本件裁決は、審理の範囲を逸脱したという固有の違法があるから取り消されるべきであある。

3  課税処分の違法

(一) 実体の違法

本件更正は、長期譲渡所得金額及び納付すべき税額を過大に認定した違法があり、また、本件更正を前提とした本件賦課決定も違法である。

(二) 調査手続の違法

被告江戸川税務署長の担当係官は、江戸川区農業委員会から本件更正の基礎とされた資料(農家台帳)を収集するに際し、調査に応じない場合には、罰則がある所得税法二三四条の質問検査権の行使としてこれを行つたが、江戸川区農業委員会に対する質問検査権の行使は、同条の要件を欠く違法なものでその程度が著しいものであるから、右調査に基づく本件更正及びこれを前提とした本件賦課決定は違法である。

4  よつて、原告は、本件裁決の取消しと、本件更正のうち総所得金額七五万一〇四六円、分離長期譲渡所得金額一億〇三七五万四一七五円、納付すべき税額一八四四万三〇〇〇円(いずれも別表記載の修正申告の金額)を超える部分及び本件賦課決定の取消しを求める。

二  請求原因に対する認否

(被告ら)

1 請求原因1(課税処分等の経緯)の事実は認める。

(被告国税不服審判所長)

2 同2(裁決の違法)は争う。

裁決の違法に関する原告の主張は、結局原処分庁である被告江戸川税務署長の江戸川区農業委員会での調査手続に違法があつたとの主張に帰着するものであり、裁決固有の瑕疵とはいえないから失当である。

(被告江戸川税務署長)

3 同3(課税処分の違法)の(一)(実体の違法)は争う。(二)(調査手続の違法)のうち、担当係官が江戸川区農業委員会から本件更正の基礎資料を収集したことは認め、その余は争う。調査手続自体が課税処分の要件となることはあり得ないから、仮に調査手続に違法があつたとしても、それに基づく課税処分は客観的な所得に合致する限り適法である。したがつて、調査手続自体の瑕疵が課税処分の取消事由になることはなく、原告の主張はそれ自体失当である。

4 同4は争う。

三  被告江戸川税務署長の主張

1  本件更正の適法性

(一) 原告の昭和五九年分の総所得金額

七五万一〇四六円

(二) 原告の同年分の分離課税の長期譲渡所得

(1) 譲渡収入金額 一億三九〇七万二五〇〇円

原告は、昭和五九年三月二四日、その所有に係る千葉県市川市相之川二丁目四番七、田、六一四平方メートルの土地(後に同所同番七、田、四九五平方メートルの土地(以下「甲土地」という。)と同所同番一七、田、一一七平方メートルの土地(以下「乙土地」という。)とに分筆されたが、以下併せて「本件土地」という。)のうち、甲土地を杉山商事株式会社(当時の商号はハイ・シティ杉山商事株式会社、以下「杉山商事」という。)に対し一億一二四九万二五〇〇円で、乙土地を有限会社殖産(以下「殖産」という。)に対し、二六五八万円で、それぞれ譲渡した(以下併せて「本件譲渡」という。)。

(2) 取得費 六九五万三六二五円

右金額は、租税特別措置法(以下「措置法」という。)三一条の四(ただし昭和六三年法律第四号による改正前のもの。)に基づき、右(1)の本件譲渡による収入金額合計一億三九〇七万二五〇〇円に一〇〇分の五を乗じて算出した金額である。

(3) 譲渡費用 二九六万九五〇〇円

右金額は、原告が本件譲渡をするに当たつて、支払つた費用の合計額である。

(4) 特別控除額 一〇〇万円

右金額は、措置法三一条(ただし、昭和六二年法律第九六号による改正前のもの。以下同じ。)一項、三項に基づく金額である。

(5) 長期譲渡所得金額

一億二八一四万九三七五円

右金額は、右(1)の譲渡収入金額から(2)の取得費及び(3)の譲渡費用並びに(4)の特別控除額を控除した金額である。

(三) 所得控除額 二二八万九四〇〇円

(四) 課税長期譲渡所得金額

一億二六六一万一〇〇〇円

右金額は、右(三)の所得控除額二二八万九四〇〇円を(一)の総所得額及び(二)の(5)の長期譲渡所得の金額から順次控除した後の課税長期譲渡所得金額である(ただし、国税通則法一一八条一項により一〇〇〇円未満切捨て)。

(五) 納付すべき税額 三四一四万八二〇〇円

右金額は、措置法三一条の長期譲渡所得の課税の特例に基づき算出した金額である。

(六) 本件更正の適法性

以上、原告の昭和五九年分の所得税の総所得金額、分離課税の長期譲渡所得の金額及び納付すべき税額は、いずれも本件更正と同額であるから、本件更正は適法である。

2  本件賦課決定の適法性

本件更正により原告が新たに納付すべきことになつた税額一五七〇万五二〇〇円について、国税通則法六五条一項(昭和六二年法律第九六号による改正前のもの。)に基づき、同法一一八条三項により一万円未満を切り捨てた上、一〇〇分の五の割合を乗じて過少申告加算税額を算出すると、七八万五〇〇〇円となり、本件賦課決定はこれを下回るものであるから、適法である。

3  調査手続の適法性

被告江戸川税務署長の担当係官が江戸川区農業委員会において行つた資料収集は所得税法二三五条に基づくもので、適法である。なお、このように、所得税の調査に関し、参考となるべき資料の提供など官公署等に対する一般的な協力要請は、任意の調査協力ということで行われていることは公知の事実であり、江戸川区農業委員会としても、具体的な法条の認識はともかく、任意の調査協力という意識の下で協力したものである。

四  被告江戸川税務署長の主張に対する認否

1  被告江戸川税務署長の主張1(本件更正の適法性)について

(一) (一)(総所得金額)は認める。

(二) (二)(分離課税の長期譲渡所得)のうち、(1)ないし(4)(譲渡収入金額、取得費、譲渡費用、特別控除額)は認め、(5)(長期譲渡所得金額)は争う。

(三) (三)(所得控除額)は認める。

(四) (四)(課税長期譲渡所得金額)は争う。

(五) (五)(納付すべき税額)は争う。

(六) (六)(本件更正の適法性)は争う。

2  同2(本件賦課決定の適法性)は争う。

3  同3(調査の適法性)は争う。

五  原告の反論

1  本件土地の本件譲渡時の現況

原告は戦前から農業を営んでいるところ、本件土地も長年に渡り農業の用に供してきたもので、その後土地区画整理により一〇年間は休耕したものの、昭和五六年から小松菜の種圃場として再び農業の用に供していたのであつて、本件土地の本件譲渡時の現状は農地(畑)であつた。

2  乙土地に係る譲渡所得の計算についての課税の特例の適用

右1に述べたとおり原告は乙土地を事業(農業)の用に供していたところ、乙土地の譲渡があつた年である昭和五九年の四月一二日に茨城県稲敷郡東村手賀組新田所在の土地(以下「丙土地」という。)を取得し、同日から一年以内に事業(農業)の用に供したから、乙土地の譲渡については、措置法三七条(ただし、昭和六〇年法律第七号による改正前のもの)特定事業用資産の買換えの場合等の譲渡所得の課税の特例の規定に該当するので、原告は別表記載の確定申告及び修正申告において右特例の適用を求める旨の記載をした上、買換資産である丙土地の取得価額二五八〇万五一五八円を乙土地の譲渡収入金額から控除して申告をした。

なお、措置法三七条六項によれば、右の課税の特例の適用を受けるためには当該年分の確定申告書に大蔵省令で定める書類(乙土地の所在地が市街化区域又は既成市街地等の地域内である旨を証する書類)を添付することが要件とされているところ、原告は前記の確定申告に際し右の書類を添付しなかつたが、本件では右書類は必要なかつたものであり、仮に必要であるとしても申告当時被告の職員が何ら問題として指摘しなかつたことであるから、添付しなかつたことにやむを得ない事情があるというべきである。

したがつて、本件譲渡に係る長期譲渡所得の計算に当たつては、乙土地の譲渡収入金額から右価額が控除されるべきである。

3  特定市街化区域農地等についての課税の特例の適用

右1に述べたとおり、本件譲渡当時、本件土地は農地であつたものであり、措置法三一条の三(ただし、昭和六〇年法律第七号による改正前のもの。以下同じ。)第二項一号に規定する特定市街化区域農地(以下「特定市街化区域農地」という。)に該当するから、本件土地の譲渡については、同条の特定市街化区域農地等を譲渡した場合の長期譲渡所得の課税の特例の規定に該当するので、原告は別表記載の確定申告及び修正申告において、右特例の適用を求める旨の記載をし、同条の軽減税率を適用して申告をした。

なお、措置法三一条の三第三項によれば、右の課税の特例の適用を受けるためには当該年分の確定申告書に大蔵省令で定める書類(本件土地が特定市街化区域農地であること等を証する書類)を添付することが要件とされているところ、原告は確定申告に際し右の書類を添付しなかつたが、これは申告当時被告の職員が何ら問題として指摘しなかつたことであるから、添付しなかつたことにやむを得ない事情があるというべきである。

したがつて、本件譲渡に係る長期譲渡所得税の納付すべき税額の計算に当たつては右の軽減税率が適用されるべきである。

六  原告の反論に対する認否

1  原告の反論1のうち、本件土地が昭和五六から小松菜の種圃場として農業の用に供されており、本件土地の本件譲渡時の現況が農地であつたことは否認し、その余の事実は知らない。本件土地の本件譲渡時の現況は宅地であつた。

2  同2のうち、原告が主張のような申告をした事実は認め、譲渡前の乙土地が事業(農業)の用に供されていたこと及び丙土地を取得から一年以内に事実(農業)の用に供したことは否認し、措置法の課税の特例の適用があるとの主張は争う。

確定申告書に原告主張の大蔵省令で定める必要書類を添付しなかつたことは認めるが、添付しなかつたことにやむを得ない事情があるとの主張は争う。

3  同3のうち、原告が主張のような申告をした事実は認め、譲渡前の本件土地が農地であつたことは否認し、措置法の課税の特例の適用があるとの主張は争う。

確定申告書に原告主張の大蔵省令で定める必要書類を添付しなかつたことは認めるが、添付しなかつたことにやむを得ない事情があるとの主張は争う。

第三証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるからこれを引用する。

理由

一  請求原因1(課税処分等の経緯)の事実は当時者間に争いがない。

二  裁決の取消請求について

原告の主張は、要するに、被告国税不服審判所長が、本件更正及び本件賦課決定に対する審査請求の審理において原処分庁である被告江戸川税務署長に対し調査の法的根拠について主張の変更を許したのは違法であるから、本件裁決も違法であるというものである。

しかし、審査請求の審理の過程における申立人ないし原処分庁の主張の変更は、時機に遅れた場合や信義則に反する場合等特段の事情がある場合を除き、これを許さないと解すべき理由はないところ、本件ではかかる特段の事情があるとは認められないから、原告の主張は失当である。

三  課税処分の取消請求について

1  被告江戸川税務署長の主張1の(一)(原告の昭和五九年分の総所得金額)、(二)(原告の同年分の分離課税の長期譲渡所得)の(1)ないし(4)(譲渡収入金額、取得費、譲渡費用、特別控除額)及び(三)(所得控除額)の事実は、いずれも当事者間に争いがない。

2  原告の反論1(本件土地の本件譲渡時の現況)について成立に争いがない甲第六号証、乙第六号証、原本の存在と成立に争いがない乙第一ないし第五号証及び証人大場英雄の証言によれば、原告は、本件土地の譲渡当時、本件土地以外にも、江戸川区西一之江を中心に土地を所有し、西一之江所在の合計三〇〇〇平方メートル余りの畑において小松菜及びほうれん草の栽培を中心とした農業を営んでいたが、既に老齢であつたために、原告の長男である同証人が原告一家の中心として農業に従事していたこと、原告は、市川市南行徳第一土地区画整理組合の施工した土地区画整理事業の換地処分により、昭和四七年一二月に本件土地を取得したものであることが認められる。

証人大場英雄は、本件土地は、換地処分により取得した当時、泥沼のような状態であつたが、昭和五四年ころ知り合いの土木業者から無償で提供を受けた水道工事の残土を盛つたことにより耕作に適した土地となつたので、昭和五六年秋ころから五九年春ころまでの間小松菜の種圃場として使つていたもので、本件譲渡当時、農地であつたと述べている。

しかし、右供述は、次の理由により信用することができず、他に、本件譲渡当時、本件土地が農地であつたことを認めるに足りる証拠はない。

(一)  耕作不適地に盛土をして、これを耕作に適するような土地とするような場合に、その盛土に供される土砂は、相当な価額で取引されるのが通例であると考えられるから、いかに知り合いの業者からとはいえ、無償で提供を受けたような水道工事の残土が、右のような盛土に供し得るような性質を有する土砂であるとはにわかに考え難く、したがつて、本件土地に右残土を盛つたからといつて、本件土地が耕作に適した土地になつたものとは考え難い。

(二)  前掲乙第一ないし第三号証によれば、原告は、昭和五六年及び五八年分の各農家台帳に、本件土地(なお、右乙第一、第二号証、前掲乙第五、第六号証に証人大場英雄の証言を総合すれば、乙第一、第三号証に「千葉県市川市相之川七-七」あるいは「千葉県市川市相之川七番地七」と記載されている土地は、本件土地のことであることが認められる。)について区画整理後耕作不能という理由を付した上、耕作していない農地として記載し、江戸川区農業委員会会長に申告していたこと、昭和五七年分の農家台帳には、耕作している農地及び耕作していない農地の各記載を脱漏し、右の事項を書き込む欄を空欄としたまま右の申告をしたことが認められ、右事実は、本件土地を耕作していた旨の前記大場英雄の供述と符号しない。

この点について、証人大場英雄は、昭和五六年及び昭和五八年の申告における耕作とは出荷している作物の耕作のことであると思つていたので、種圃場であつた本件土地は耕作している農地に含まれないものと考えて右のような申告をしたと述べているが、右供述自体不自然であつて、右のような申告をした理由として首肯し難く、他にこの点について合理的は理由が存在することを認めるに足りる証拠はない。

なお、原本の存在と成立に争いがない甲第四号証及び成立に争いがない乙第一一号証によれば、昭和五七年、五八年度分の農家台帳では、本件土地を耕作している農地とする申告がされた旨の江戸川区農業委員会会長名による昭和六〇年一〇月二一日付け証明書が発行されていることが認められる。しかし、前掲乙第二号証、原本の存在と成立に争いがない乙第七ないし第九号証、成立に争いがない乙第一〇号証、弁論の全趣旨により成立が認められる乙第二四号証及び証人大場英雄の証言を総合すれば、農家台帳は、耕作者によつて記載され、その訂正も耕作者の申出のみに基づいて行われるものであつて、農業委員会による現地調査等の確認を経ることはないところ、右の証明書は、大場英雄が本件課税に関する被告の調査開始後に、原告に代わつて、昭和五七年ないし五九年度分の農家台帳につき、本件土地を耕作している農地とする旨の訂正を申し出てその旨訂正(昭和五七年度分については空欄に加算)されたことに基づいて、発行されたものであることが認められるから、右甲第四号証及び乙第一一号証によつても、昭和五六年及び昭和五八年度分農家台帳では、本件土地を耕作していない農地として申告していたことによる前記判断を左右するに足りない。

(三)  成立に争いがない乙第一二、第一三号証及び証人大場英雄の証言によれば、本件土地は本件譲渡時まで現況宅地として固定資産税を課されていたにもかかわらず、原告がこれに対して異議を申し出たことはなかつたことが認められ、仮に本件土地が現況も農地であつたとすれば、右のような取扱いに対する原告の態度は不自然である。

なお、原本の存在と成立に争いがない甲第五号証によれば、本件土地について、昭和五九年一月一日現在で特定市街化区域農地である旨の市川市長の証明書が、昭和六〇年一二月一四日付けで発行されていることが認められる。しかし、前掲乙第一三号証、成立に争いがない乙第一四号証、弁論の全趣旨により成立が認められる乙第二五号証、原本の存在と成立に争いがない乙第三一号証、に証人大場英雄の証言を総合すれば、右の証明書は、大場英雄が本件課税に関する被告の調査開始後の昭和六〇年一二月ころに、原告に代わつて、市川市に固定資産課税台帳の訂正を申し入れて、その旨訂正されたことに基づくもので、右申入れを受けた市川市の職員は、昭和五九年一月一日当時の本件土地の状況は確認できないまま、前述の江戸川区農業委員会会長名による証明書と横川一郎の近隣耕作者としての耕作事実の証明書の提出に基づき、昭和五九年度(昭和五九年一月一日現在)の固定資産課税台帳の現況宅地との記載を現況畑と訂正した上、前掲第五号証の特定市街化区域農地である旨の証明書を発行したものであることが認められる。しかして、右の江戸川区農業委員会会長名の証明書の作成経緯については右(二)に述べたとおりであり、本件土地が耕作されていたことを証明するに足るものではなく、また、弁論の全趣旨により成立が認められる乙第二六号証によれば、横川一郎の耕作事実の証明書は、同人が大場英雄に依頼されて、本件土地に関する記憶が場所の特定すらも曖昧なほど、不確かなまま作成したにすぎないことが認められるから、これも、本件土地が耕作されていたことを証明し得るものではなく、結局、右市川市長の証明書が発行されていることは、本件土地が宅地として課税されていたのに原告が何らの異議も申し出なかつたことによる記憶の判断を左右するものではない。

(四)  前掲乙第六号証、成立に争いがない甲第一、第二号証、弁論の全趣旨により成立が認められる乙第二三号証、第二八ないし第三〇号証及び弁論の全趣旨により原本の存在と成立が認められる乙第三二、第三三号証によれば、(1)本件土地を買い受けた殖産及び杉山商事の担当者や、本件譲渡に際して殖産の依頼により本件土地の測量を行つた土地家屋調査士、及び本件譲渡直後に殖産から乙土地を譲り受けた渡邊比古一は、いずれも本件土地が耕作されていたような状況については確認していないこと、(2)甲土地についての原告と杉山商事との売買契約の契約書には本件土地の地目は登記簿どおり「田」と記載されているものの、右売買契約を仲介した殖産が昭和五九年三月二四日付けで杉山商事に宛てて作成した重要事項説明書においては現況宅地と記載されており、耕作に関する記載はないこと、(3)乙土地についての原告と殖産との売買契約書においても、売買物件の表示として地目「田(現況)宅地」と記載されていること、(4)前記の殖産から渡邊比古一への乙土地の譲渡を仲介した堀不動産株式会社が昭和五九年五月一七日付けで作成した渡邊比古一に対する重要事項説明書においても地目の現況は宅地として記載され、耕作に関する記載はないことが認められ、これらの事実も、前記大場英雄の供述とは逆に、本件土地が耕作されてはいなかつたことを推認させるものである。

これに対し、甲第一六号証には、昭和五九年二月上旬当時、本件土地の中央部に畝ができていて、畑として耕作していた形跡があつた旨の供述記載があるが、右記載は、前掲各証拠に照らして措信し得ない。また、殖産の作成名義に係る甲第一二号証には、右(3)の原告と殖産との売買契約書の「田(現況)宅地」との売買物件の表示に関し、殖産が乙土地を宅地と確認して記載した趣旨ではないとする供述記載があるが、右供述記載は、前掲乙第二三号証の供述記載に照らして措信できず、さらに、証人大場英雄は、右の原告と殖産との売買契約書の売買物件の表示が「田(現況)宅地」とされているのは、昭和五九年初頭の低温と降雪のため、栽培していた小松菜がだめになつたことによるものであると供述するが、仮に、本件土地で小松菜を栽培していたものとすれば、低温と降雪によりこれが枯死したとしても、本件土地上に耕作していた形状が相当程度残るものと考えられるから、右売買契約書に「田(現況)宅地」と記載されるのは不自然であり、したがつて、右供述も信用できない。

(五)  弁論の全趣旨により成立が認められる甲第一四号証によれば、昭和五六年ころに、大場英雄が茂呂文男から小松菜の種の栽培を勧められ、種を貰い受けたことが認められるが、右事実のみでは、原告が昭和五九年当時、本件土地を小松菜の種圃場として耕作していた事実を認めるに足りない。また、成立に争いのない甲第七ないし第一一号証の各一、二によれば、原告は、昭和五八年ないし昭和六二年分の所得税の確定申告書の収支明細書又は青色申告決算書に、種苗費として、昭和五八年分は八万二七五〇円、昭和五九年分は八万〇九三二円、昭和六〇年分は一九万二二九〇円、昭和六一年分は一三万二三〇〇円、昭和六二年分は一六万九六〇〇円をそれぞれ計上して、確定申告に及んだことが認められるところ、証人大場英雄は本件譲渡が行われた昭和五九年を境に種苗費の額が大幅に増加しているのは、本件土地において本件譲渡時まで行つていた小松菜の種の栽培を本件譲渡によつて中止し、買い入れるようになつたからである旨供述しているが、種苗費における小松菜の種代の内訳は右の各甲号証だけからは明らかではないし、右の各甲号証によれば、各年度の種苗費には本件譲渡後の年度においてもかなりの変動があることが認められる上、同証人は、原告が、本件譲渡後、乙土地の買換資産として取得した丙土地についても耕作を始めたとも供述するのであるから、仮にそうであるとすれば種苗費の増加はそのためであるとも考えられるのであつて、証人大場英雄の種苗費の額の増加に関する右供述をたやすく措信することはできない。

3  調査手続の適法性

原告は、被告江戸川税務署長の担当係官が江戸川区農業委員会から本件更正の基礎となつた資料を収集するに際し、調査に応じない場合には罰則がある所得税法二三四条の質問検査権を行使したが、江戸川区農業委員会に対する右質問権の行使は、同条の要件を欠く違法なものであるとして、これを前提に本件更正及びこれを前提とした本件賦課決定は違法であると主張している。

しかし、税務調査に際して刑事法令違反、公序良俗違反などが認められるといつた例外的な場合はともかく、一般には税務調査手続の違法は、課税処分の取消事由たる瑕疵には当たらないと解されるところ、原告主張の税務調査手続の違法は、仮にそれが認められるとしても、到底右のような例外的な場合に当たらないことは明らかであるから、右主張は失当である。

4  本件更正及び本件賦課決定の適法性

右2に述べたとおり、本件土地が本件譲渡時に農地であつたとは認められないから、その余の点について判断するまでもなく本件には原告主張の措置法の課税の特例の適用はないところ、右1の事実によれば、原告の昭和五九年分所得税の総所得金額、分離課税の長期譲渡所得金額、納付すべき税額は本件更正と同額であるから本件更正は適法であり、本件更正を前提とする本件賦課決定も適法である。

四  以上によれば、原告の請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法八九条を適用して、注文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 鈴木康之 裁判官 石原直樹 裁判官 佐藤道明)

別表 課税処分等の経緯

<省略>

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